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nikki

(できるだけ)写真を載せずに書くところ

唾液、血液一滴で

がんかどうかがわかるようになるらしいですね。

また、息を吹きかけるだけという、ものすごく簡単な方法でもわかるようになる研究が進められているとか。

(でもたしか、何のがんなのかまではわからないと聞いたような)

 

簡単な検査で病気がわかること自体はいいことだとおもいます。

今の検査なら、「これこれの検査をします。予約を取ってください」と言われて一週間から三週間後に検査して、結果がわかるまでさらに一週間ほどかかったりしますから。

 

でも問題は、「あなたは病気です!」と言われたほうです。

社会的に見れば、早期発見できれば医療費も抑えられるでしょう。

医者や研究者側ならば、「早く治したほうが完治できる」とかんがえます。

 

一般人も、冷静にかんがえたらそれがいいのはもちろんわかっています。

しかしですよ、「自分は重大な病気なんだ」と言われた身にとっては、湧きあがる不安とどうつきあえばいいのか、にわかに、客観的な判断や方向性を持てるとはかぎらない。

しばらく(二、三ヶ月は?)わけのわからない不安と向き合っていかなければならないわけです。

 

去年、検査検査にあけくれたわたしが(結局なにもなかったのですが、現時点では)実感したことは、たしかに日本の医療は発達しているし病気を治すことにかけてはすばらしいとおもうけど、精神的なフォローやケアに関しては、一昔遅れているんじゃないだろうか、ということでした。

 

日本では、インフォームドコンセントがひろがるまえは、医師主導の医療で「お医者さんに任せる、信頼する」風潮が一般的でしたよね。

そのときは、がんの告知もあまり行われておらず、がんとは知らずに亡くなったかたも大勢いたとおもいます。

 

今は、インフォームドコンセントが一般的だから、容赦なく告知しています。

そのときのメンタル的なケアはどうなっているんでしょうか?家族を含めて。

 

インフォームドコンセントは、全人的医療、精神的なケアも含めた医療が確立されてこそ、おこなわれるべきだとわたしはおもいます。

 

いま、がんや重大疾患にかんする関心がますます高まっていますが、その意識には、患者になったときの重い不安があるからだとかんがえます。

何年生きられるのか、仕事はどうするのか、治療費は、痛みは、など、わからないことだらけです。

わからないだけならまだしも、医療側の精神的なケアのなさを小耳にはさめば、自分だけで解決しなければならないのか、と不安が加速します。

医療者に「みんな乗り越えている」と言われたら、強く反論できません。

 

各所に患者会や支えあう会もあって、多少の不安は軽減されそうですが、それって本来は患者と医療者の間でなされるべきものではないのか???

こうかんがえたら、なにが「幸せ」なのか、わたしにはわからなくなってきました。

 

わたしの母などは、もう70超えていることもあって、「健康診断にはいかない。なにが起こっても覚悟はある。"精神的に健康"で過ごせることがいちばん」と割り切っています。

病気であっても精神的に健康だとおもえることが大切、と言われていますが、そこにたどりつくまでが、果てしなく長いのです。

そこを一緒に歩いてくれる専門家こそが必要だとおもいます。

 

医師は専門に細かく分かれていますが、ぜひ、精神科医をも兼任していただきたい。

家庭医の役割とはそういうものだとおもいます。

 

 

 

 

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